楽園ブログ

「いつも心に太陽を!」そんな気持ちで感じたことを綴っています。

奇跡の床もみじ 宝徳寺をたずねました!

奇跡の床もみじ

28畳もある大きな床をキャンバスとして美しく映るもみじ、訪れた人は誰もが思わず息をのむ光景で知られる、群馬県桐生市川内町にある臨済宗の禅寺「宝徳寺」。SNSでは「超」がつく有名なスポットで、その素晴らしい光景が広く知られるようになって既に久しいのですが、長引く新型感染症の脅威の中、まあ年齢も年齢ですので、しばらく外出もひかえていたところですが、ようやくわたしもこの5月「新緑の床もみじ特別公開」にたずねることができました。

「床もみじ」というのは、もみじなどの風景がみがかれた床面に映り込む現象のことで、「宝徳寺」では、春と秋の特別公開のほか、夏の風鈴まつりの特別公開期間中だけは、普段入ることのできない本堂からその光景を見ることができるのです。本堂の中央に位置する床の間は「室中(しっちゅう)」と呼ばれ、ご本尊をお祭りする聖域であることを考えると、映り込む風景には暫し言葉を失うような厳かさが感じられますよ。訪れて良かった、誰もがそう思える、まさに名刹と言えるのではないでしょうか。ほんとうに素晴らしいところで、本堂の前に景観を損ねるようなものがなかったからこそ生まれた映り込みであることを思うと、やはり「奇跡の床もみじ」としか言いようがなく、鄙には稀というべきか、鄙なればこそというべきか、どちらにせよ、満ち足りたひとときを過ごすことができました。

風ぐるま 幸転祈願

訪れたときは、境内に800個の風車を飾った「風ぐるま 幸転祈願」も同時開催されていました。「宝徳寺」で風車が設置されるのは今回が初めてなのだそうですが、たくさんの風ぐるまが春の風に吹かれ、クルクルと回る様子はいみじくもゆかしいもので、クルクル回る様子に「来る来る、幸せやって来る」の意味が込められているのだそう。「床もみじ」に吸い込まれるような体験の後、やがてそこは未来へ繋がる幻想的な時の回廊に思われました。秋の「床もみじ特別公開」が早くも待ち遠しいですよ。

いつも心に太陽を

五月病に負けるな! Deci&Ryanのモチベーション理論

五月病」の季節ですよ!

今年のGWは、微妙な飛び石連休で、遠くへ行きたい人には不満もあるでしょうが、コロナ禍でもありますので、お気楽な気分を長く味わうには良いカレンダーだな、なんて思っていましたが、いよいよ後半になると、わたしのようなオジさんでも、やっぱりすこーし憂鬱な感じがしてきましたよ。わたしなどは、またいつものこと、で済みますが、きっと楽しく過ごしちゃってる若い人などは、その分ビミョーな気分も深刻になるのではないでしょうか。特に新入生や新入社員みたいな人の中には、笑えないほどモチベーションがダウンする人もいるのですからたいへんな時期と言えますよね。もうずいぶん昔の話ですが、「五月病」について、わたしには初めて部下を持ったときのささやかな思い出がありまして、いつものように少し心理学の学びについて考えてみますよ。

Deci&Ryanの「モチベーション理論」

以前のブログで、Deci&Ryanの「自己決定理論」について、私なりの学びについて書いてみましたが、Deci&Ryanの欲求理論には本当に多くの学びがあり、私たちの生活の中にも生きているな、と実感することがしばしばありますよ。今回考えるのは、欲求理論としての、Deci&Ryanの3つの基本的な欲求です。Deci&Ryanによると、人間には「有能さ」、「関係性」、「自律性」という基本欲求があり、これが「内発的動機づけ」につながっていく「自己決定理論」の根幹を支えるているということになるのですよ。わたしは、新入社員の人の「五月病」を思うと、やはりこの基本欲求について、その関連性を強く思わざるを得ないのですよ。

さて、わたしが初めて係長を任されて、揚々と業務に取り組んでいた頃のことです。その春に新採用になった女性職員から5月の中頃に相談を受けたことがあるのですよ。もう30年も前のことなので、あまり正確ではありませんが、彼女が言うには、連休明けから精神的に不安定になってしまった、仕事もあまり面白いとは思えない、そんなときにHさん(わたし)の仕事ぶりを見ていると、この先とても同じようにエネルギッシュに仕事にのめり込める気がしない、そんな内容だったと思います。わたしは、初めて部下から受けた相談なので、とても緊張してしまい、自分の力量が試されているようでもあり、ずいぶん混乱してしまったのをおぼえています。

新任係長の私にあって新採用の彼女になかったもの……

わたしは単純な人間なので、初めて係長になって舞い上がって頑張っていたということもあるでしょうが、それを置いておいて、冷静に考えると、そのときの私にあって彼女になかったものは、やはりDeci&Ryanの3つの基本欲求である「有能さ」であり、「関係性」、「自律性」であったと思うのですよ。大学を出て自分の望んだ職業に就けたとしても、そうそう好きな仕事ばかりではありませんよね。なんだ、こんなこともしなければならないのか、と思うこともたくさんあるものですよ。でも、その分気の進まなかった仕事が次第に面白くなっていくという経験もやはりたくさんあるものです。これをDeci&Ryanにしたがって考えてみれば、嫌々始めた仕事だけれど、みんなと工夫しながら取り組んだら(関係性)けっこう楽しくなったし、自分も意外と上手くやれた(有能さ)ことで上司から高く評価されて嬉しくなったし、そのうちやり方を自分に任せてもらうようになって(自律性)、だんだん仕事に充実感を感じるようになった、みたいな流れになるのでしょうか。新採用の彼女には、悩んだり、励まし合ったりしながら仕事に取り組む仲間がまだいなかったし、能力を認められるほどの仕事量もしていなかったし、当然と言えば当然ですが、決定権を持って任されている仕事もなかったのですから、その3つを持って仕事に邁進しているわたしが異星人のように見えたのかも知れません。

心理学の理論には本当に多くの学びがあるものですが、特に、Deci&RyanやMcClellandのようなモチベーション理論は、やはり対人支援に欠かせない理論と言えるのではないでしょうか。あれから30年あまり、今のわたしなら、彼女にどんなアドバイスができるかな、そんなことを思う連休の後半ですよ。

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自分でやってみた! 初めてのDIYオイル交換!

愛車のオイル交換がしたい!

地方の交通事情では、通勤と言えば、まずはマイカーということになりますよ。ですから、わたしも、大学卒業後から定年まで残り1年を切った今日まで、勤め先にはマーカーで通勤してきましたよ。若い頃は、ご多分に漏れず、自動車への興味がとても強かったので、大口径のアルミホイールにしてみたり、他人の迷惑を考えずにマフラーを交換してみたり、いつも自動車への関心は強かったのですが、これまでずーっと願っていながら、果たせなかったことがありました。できたら良いな、と思っていてもなかなか行動には移せなかったこと、それは愛車のオイル交換を自分でやる、ということです。一月に1.000㎞以上走行するのが当たり前の生活では、少なくとも半年に1回はオイル交換をする必要がありますが、このテマといいますか、ヒマといいますか、なかなか悩ましいものがり、気持ちとしてはけっこう負担だったのですが、なにぶん、不器用なもんですから、十分な設備もないし、これまで挑戦できずにいたのでした。

これなら、できるかも?

家庭でオイル交換をしてしまうようなスゴい人は、ジャッキアップしてから2輪を「ウマ(リジットラック)」で支えて、そんでもって自動車の下に潜って、ちゃちゃっとオイル交換をしてしまうらしいので、タイヤ交換が楽になるのなら、ということで、わたしもそれを購入して、2輪同時のタイヤ交換までは挑戦したのですが、わたしには、ウマで支えた自動車の下に潜るのがどうしてもできません。怖いのです。信じられないのです。やっぱ自分にはムリかな~、と思っていたとき、ネットを何気なく見ていて目にとまったもの、それは、自宅でオイル交換を容易にするために、フロント部分を高くする「スロープ」というものでした。ひょっとしたら、これなら自分にもできるかも、と口コミを十分に吟味した上で、名門「楽天」でポチッとしてしまいましたよ('-'*)。

やっぱり、怖いけど……

さて、いざスロープに自動車のフロントを乗せて下からのぞくと、なんとオイルのドレンボルトもオイルエレメントもバッチリ見えるではありませんか。

もちろん、その下に潜るのはやっぱり怖いですが、ウマで支えているのとは比較にならない安定感がありますよ。後輪には前後に車止めをはめて、ギアをパーキングにすれば、車が動き出すことはまず考えにくいですからね。敢えて言うならば、スロープはプラスティック製だから、本当に大丈夫?ってなことですが、そんな心配もあって、なんとわたしは7㌧用のものを購入したのですよ。どんだけ臆病なんだっ、て感じですが、これがメリメリ割れるまでには流石のわたしも何か気が付くだろう~みたいなことで、なんとか初めてのDIYオイル交換をしてしまいましたよ。

見た目以上にフロントは上がってます( ̄。 ̄;)

自動車に乗り始めて約40年、ついにこのときが来たんだな~ってな感じで、その日はスゴい興奮でしたよ。拭いきれない恐怖の中で、ひたすら集中して一生懸命に何かをやってみる、もちろん些細なことですが、なんせ初めてなもので、本当に充実した時間でしたよ。60歳を目の前にしたオジさんが言うことではないのでしょうが、一生懸命やるってことは愉しいですよ。さて、出来映えですが、実は、YouTubeでしっかり予習したにもかかわらず、不器用なもんですから、いくつか手順を間違えてしまい、少し悔いが残ったこともありましたよ。でも、そんなことも次回のお楽しみということで、なんだかちょっと愉しくなってきましたよ。

  いつも心に太陽を

『自己決定理論』を知っていますか?

心理学の「使える理論」

対人支援を主な仕事にしていると、そのポジションで、いわゆる「使える理論」というのがはっきりしてくるのですが、これは、心理カウンセリングでも、キャリア支援でも同じだと思いますよ。「理論なんて」、とネガティブな意見を持っている人もいますが、わたしは全くそうは思いません。ですから、そんな現実の支援の場で確実に力を発揮している理論について、わたしなりにブログで紹介しているわけですが、今回は、心理学を学んでいる人ならマスト・アイテムである、デシ&ライアンの「自己決定理論」について、わたしなりの学びを綴ってみます。

「自己決定理論」とは?

「自己決定理論」は、「動機づけ理論」のことです。「動機づけ」というのは、人に、行動を起こさせ、その目標に向かって維持させる機能のことで、大まかにいうと、人を含めた動物全般の行動原因であり、行動の方向性を定める要因のことです。心理学の用語は難しいので、ぶっちゃけちゃうと、「何でそれをするの?」ということですかね。で、これがなんで重要なのか、っていうと、支援が必要な人は、程度の差こそあれ、心が折れている(折れかかっている)人なわけですから、支援する側は、その人が何でそれをしてきたのか、を探ることでクライエントの理解が深まるということなんですね。そして、さらに重要なことは、クライエントの現在地を確認することによって、支援の方法が変わってくるということですよ。

デシ&ライアンの「自己決定理論」

「動機づけ理論」というと、特に心理学を学んでいなくても、誰もが耳にしたことがある有名な学説があります。米国の心理学者アブラハム・マズローが、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する」とし、人間の欲求を5段階の階層で理論化した、有名な「欲求5段階説(Maslow's  hierarchy of needs)」です。もちろんこれは、20世紀の偉大な社会的発見でありますが、いざ対人支援、ということになると、デシ&ライアンの「自己決定理論」の輝きにも素晴らしいものがありますよ。こんなにスゴい理論なのに、これまで「公認心理師」試験に出題されていないのが不思議でなりませんよ。第5回公認心理師試験では、出題されるかも知れませんね。いや、出題してほしいですよ。

デシ&ライアンの研究は、人の動機づけについて、「自律性」をキーにして段階的に整理したものです。人の動機づけには、「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」がありますが、これは、何かのためにやるのか、その行動自体に意義を見いだしてやるのか、ということですよ。もちろん、人が躓いて心を折ってしまうのは、何かのためにやる、「外発的動機づけ」によって行動している場合が多いわけです。デシ&ライアンの研究の素晴らしいところは、以下のように、この「外発的動機づけ」について徹底した分析を行ったところです。

デシ&ライアンによる「外発的動機づけ」のレベル

どうですか?「何かのためにする」という行動も、「自律性」をキーに考えると、レベルに分けられることがわかりますね。「外発的」と言っても、怒られるからイヤイヤする、というレベルから、そうすることが自分の目的や価値感からして相応しいと感じるからする、というところまで様々ですよ。

さて、対人支援の話ですよ。わたしは、心の折れかかった人に対して、支援する側としては、この理論を踏まえて注意深く、はげましや伝え返しを繰り返しながら言語的な追跡を行い、根気強く傾聴する必要があると考えています。今も思い出すのは、昔々のテレビ番組「3年B組金八先生」で、金八先生の生徒の兄弟が東大受験に失敗して自殺を図るという話ですよ。そのとき金八先生は、自分の生徒たちを前になんて言ったか、今でも憶えていますよ。金八先生は、彼は優秀ゆえに東大に入らなければならないという気持ちで頑張ってきた、しかしそれが果たせずに絶望して死を選んでしまった、でも、彼は東大に入って何をしたいのか、将来どうしたいのか、もしそれがわかっていたら、もう一年待てたはずだ!って、叫んだのですよ。わたしは、心が奮えると同時に、こんなふうに言える大人になりたい、と心から思いましたよ。どんなかたちでも、人を支援する仕事に就きたい、というわたしの心のエネルギーとも言うべき「学び」でした。もちろん、何かのためにする「外発的動機づけ」ではなく、行動それ自体に動機づけられる「内発的動機づけ」こそが、人の行動要因として最強なのだということは理解しています。でも、有名大学に入りたい、弁護士になりたい、などという人生の目的をまえに、多くの人が「外発的動機づけ」の中で輝いたり、苦しんだりしているのが現実だと思うのです。そう考えると、デシ&ライアンの「自己決定理論」には、われわれが知るべき多くの「学び」があると思うのですよ。そして、ついでに「国家資格キャリアコンサルタント」合格を目指すわたし自身の行動要因についても深く内省しながら、今日も誰かの心を見つめていくわたしなのですよ。

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『GoProサブスク』の実力 カメラの無条件交換に挑戦!

『GoProサブスクリプション』を知っていますか?

今やテレビのレポーターも自ら片手に持ちながら取材をするという、超メジャーな動画カメラ、『GoPro』ですが、YouTubeでその魅力的な映像をたくさん見せつけられ、ついに動画カメラなど全く経験のないわたし(rakuennblog)も思い切って購入してみることにしたのですよ。しかしながら、動画なんて20年も前に息子の小学校の運動会で使ったビデオカメラの他は、ほとんど経験のないわたしですから、はっきり言ってまったくの素人なわけです。ちょっと敷居が高いかなぁ~という気持ちがありましたが、手頃な値段で買える方法もあるようなので、今回思い切って購入となったわけですよ。

スタイリッシュなボディ!

で、そのお得な購入方法というのが、『GoProサブスクリプションというやつで、年間6.000円のコストはかかりますが、カメラがお得な価格で買えるだけでなく、無制限のクラウドストレージ 、カメラの無条件交換、GoPro.comのアクセサリー類が最大50%オフになるという、なんとも不思議なサービスなのですよ。今回は、たくさんあるサービスの中でも、おそらく多くの人が気になっている「カメラの無条件交換」について、レポートしますよ。ホントに交換してくれるの?

動画カメラにかかわらず、外国のメーカーの製品を日本の代理店を通さずに購入するというのは、わたしのようなおじさんにとっては、なんとも不安が大きいですよ。なんてたって、ウェブでの買い物は、名門「楽天」以外では、たまに「Amazon」を利用するくらいで、正直言っちゃいますと、その二つ以外でカード番号打つこと自体心配ですもん。特に『GoPro』については、外国の会社というのが最後まで気になりましたが、世界的なヒット商品のようですし、少し勇気を出してポチッとしてみましたよ。購入は難なく済みました。製品も数日で届きましたし、流石にメジャーな製品だ~、ということで、しばらくは良い調子で使っていたのですが、やっぱり、というか、予想通り、というか、さっそく、というか、充電池を取り替えるときに開けるサイドのフタ、バッテリーカバーが開かなくなりましたよ(T_T)~。わたしなりにずいぶん頑張ってみたのですが、何をどうしても開かないのです。

どうしても開かないフタ!真ん中の膨らみが気になります!!

すぐに思い浮かんだのは、『GoProサブスクリプションの中にあった「カメラの無条件交換」というものです。ホントに無条件で交換してくれるのかな?外国の会社だしな、話だけなんじゃないのかな?、と不安は思いっきり膨らみましたが、とにかくおっかなびっくり問い合わせてみましたよ。

『GoProサブスクリプション問い合わせの画面

初体験! 外国の会社に直接コンタクト

まず、『GoProサブスクリプションの問い合わせは、メールでのやりとりはできませんでした。コンタクトの方法は2種類で、問い合わせ内容を送信したら、担当者からの直接電話を待つか、チャットの連絡を待つか、です。そうそう時間も取れないので、できればメールでやりとりしたかったけど、チャットなんていくら何でも打合せ中に始められたら困るので、もしかかってきたら、急用のふりをして電話に出るしかないな、ということで電話対応を選びましたよ。待つこと数時間、案の定会議中に電話がかかってきてしまいました('-'*)。でも、これで出なかったら、次がいつになるかわからないな、と思い、急用を装って出ましたよ。電話の相手は、もちろんサポートセンターの人で、とても丁寧で、一応日本語でしたが、明らかに外国の方が日本語をなんとか話しますよ、てな感じだったので、もう調子というか、呼吸というか、とにかく合わなくてちょー疲れました。その方とのやりとりを要約すると、だいたい以下のとおりです。「無理にバッテリーのフタを開けようとすると、たぶんというか、絶対壊れると思うがどうか?」とわたし、それに対して「壊れたら壊れたでそれは仕方ない、とにかく開けろ、開けなければシリアルナンバーだってわからない、開けたところを写真に撮って、後で指定する方法でアップロードしろ、それを見てこちらで対応を考える」というものでした。こっちは、おじさんで、「アップロード」ってなんだよっ、ってレベルなんですから、それから後はもうやけくそ、泣きべそ、みたいなもんで、金属のドライバーとペンチを持ち出して、半分破壊する感じでカバーを開けたのですよ。ドライバーで強く押すとき、誤って自分の指に当たってしまい、名誉の負傷までしてしまいました(;。;)。悔しいからその写真まで「アップロード」してやりましたよ。どうだ?こんなになっちゃったぞっ、てな感じですよね😡。

名誉の負傷!

そして再び待つこと数時間、今度は、帰宅途中の自動車の中で電話がかかってきましたよ。幸いハンズフリーにしていたので、なんとか出ることができました。自動車を運転しながら、外国の人と会話するなんて、おじさんには刺激が強すぎましたね。そのときのやりとりは、やはりカタコトの日本語で、とてもガクガクしてたので、だいたいを要約すると、「写真は見た、製品の交換は通常は手数料だけはかかるのだが、今回はすべて無償で交換してやる、サポート対応のアンケートを送付したから、あとで答えてほしい」というものでした。「名誉の負傷」が効いたのかどうか、それについては完全にスルーされたのでわかりません。

やっと開いたぜ! でも傷だらけ!!

新しい『GoPro』到着!

かくしてわたしは、壊れたものを新しい『GoPro』と交換することができたのですよ。参考までに、壊れたわたしのカメラを業者が取りに来たのが、その翌日、シンガポールと思われるサポートセンターにそれが到着したというメールが来たのがその7日後、新しい『GoPro』がわたしの手もとに来たのが、その4日後でした。ちょっと日数の計算が合わない感じですが、バッテリーカバーが開かずに電池交換ができない(T-T)~となってから約2週間で、新しい製品が届いて再び使うことが来たので、ギリギリのところでわたしは機嫌が直りましたよ(^_^)!

到着した新しい『GoPro』!

さてさて、以上が『GoProサブスクリプションによる「カメラの無条件交換」の顛末です。ネットで見てみると、壊れた理由にかかわらず、年2回までは手数料のみで新しいものに交換されるようですから、今回のわたしのケースでは、やはり「名誉の負傷」が効いたと考えるのが妥当なのでしょうか?これを読んで、『GoProサブスクリプションがお得と考えるか、考えないのか、それはあなた次第ですよ(^_^)。

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定年まで1年を切りました!② 再び『ブリッジズのトランジション理論』

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ブリッジズ再登場!

わたしは現在、7月3日から行われる「国家資格キャリアコンサルタント」受験に向けて、日々の仕事に追われながらも鋭意努力中ということになっていますよ。何でもそうでしょうが、勉強の過程での発見にはとても興味深いものがあり、人生の転機を乗り越える理論としての「トランジション理論」もその一つで、以前のブログでは、わたしにとっての少年の日の憧憬である、民話「三年寝太郎」の再発見について書いてみました。さて、そんな中、前回のブログで定年まで残り1年を切ったわたしが、感傷的かつ情緒的に自分自身を内省したことをきっかけに、再びトランジション理論としての「ブリッジズ」について、新たな学びがありましたので今回はそれについて考えてみることにしましたよ。

f:id:rakuenblog:20220418124957j:plain「終わらせること」の大切さ!

ウィリアム・ブリッジスは、人生の転機のプロセスを「終焉」「中立圏」「開始」の3つの段階に分けて、それを乗り越えていく方法を提唱した人ですよ。人生の切り替えをなんとなく行うのではなく、終焉をしっかりと自身の中で受け止め、現実から逃げることなく自分と向き合うことで、新たな始まりを進めることができる、と考えたのです。これは、3つの過程を、ごまかさずにしっかり通過していくことで、新たな始まりの中で感じる抵抗にも対処していける、ということだと思います。

今回特に注目したいのは、「終焉」です。キャリア理論を学んでいない人からすれば、何か新しいことを始めるのだから、何かが「終焉」を迎えるのは、「当たり前じゃん!」てなことになりそうですが、実はここがやっぱ重要だな、という話ですよ。

「未練」という言葉があります。諦めなくてはいけないのに諦め切れない気持ちのことで、また、諦め切れない気持ちを引きずることを指す言葉ですよ。恋愛を例に考えるといちばんわかりやすいですかね。その相手との間には、もう一切の希望がないのに、いつまでも引きずって新しい展開(新たな恋愛)に向かっていけない、みたいなことでしょうか。こう考えると、きちんと「終わらせること」の重要さがわかるというものです。これが生煮えであったり、自分をごまかしているだけだと、結局新しい出発ができない、上手くいかない、という考え方には誰しも納得だと思います。f:id:rakuenblog:20220418124513j:plain本当に終わらせるということ

ブリッジズは、「終焉」を4つの要素でとらえました。それは、「幻滅」、「離脱」、「方向感覚の喪失」、そして「アイデンティティの喪失」です。つまり、対象について、幻滅し、離脱するだけでは「終わらない」と考えたのですよ。さらに、「方向感覚の喪失」、「アイデンティティの喪失」まで経験して初めて「終焉」になるということなのです。ぶっちゃけてしまえば、「自分がどうすれば良いか解らない」なかで、「それまでの自分自身が失われる」ことこそが「終わる」ということなのだというわけです。恋愛でいえば、どうして良いか解らない段階を経て、自分が自分でなくなる、ような経験なくして新たな恋愛などあり得ない、ということですよ。

前回のブログでは、定年まで残り1年を切ったというその事実に対して、わたしは極めて感傷的になってしまいました。これは、わたしに自分が自分でなくなる覚悟など到底できていなかったことを物語っているように思います。「あ~、終わるんだなぁ~」なんて言いながら、自分自身と正対していなかったということでしょうか。本当の意味で、わたしに新たな出発があるのか、そして新たな出発に立ち向かっていくことができるのか、どうやらそれは、きちんと自分と向き合い、未練を捨て、自己解体できるか、ということになるようなのです。いやはや、やっぱりたいへんな一年となりそうですよ。

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定年まで1年を切りました!

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何かあるかも知れない楽しみ!

ユーミンの「14番目の月」という曲がありましたね。懐かしく思いだしてくれる世代もまだまだ多いと思いますよ。「つぎの夜から欠ける満月より 14番目の月がいちばん好き」のフレーズにすべてが込められたこの名曲は、少年の日のわたしに、期待する喜びこそが何よりも大きいことを強烈に印象づけたのでした。子ども心に、「もういくつ寝るとお正月♫」とか、やっぱりクリスマスはイヴなんだよね、というように、そのうちきっと良いことがあるよ、という期待感の中に過ごす幸せ、をかみしめていたように思うのですよ。

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さて、新年度になり、本社で開かれた会合に先日出席しましたが、役員たちの訓示は全く頭に入らず、わたしを捉えて離さないものは、この仕事において、わたしはもう何者にもなれないのだ、という思いでした。もちろん来年の今頃は、わたしにもまた素晴らしい出会いがあるかもしれませんし、そのための努力もしているのですが、少なくとも37年間一途に続けてきたこの仕事において、竟にここが「テン」であることは紛れもない事実で、来年度わたしに座る席がここにないことは厳然たるものなのです。

ただ誠実に務めるだけのわたしでしたが、地位などといえるようなものではないにしろ、わたしなりの頑張りの先には、まだ「何か」あるかも知れない、という期待がいつもあったことは隠せない事実です。いやはや、「何もない」ことの寂しさは思ったよりも手強いな、と今実感しています。

ブログのメインテーマは『いつも心に太陽を!』

毎日を笑顔で過ごせたら、そんな幸せなことなありません。でも、仕事をしていると,次から次へと様々な問題が起こりますし、知らず知らず顔が引き攣ってしまうこともめずらしくはありませんよ。今もわたしの事業所では、コロナ感染者が出てしまい、その対応に追われているところです。正直、年度初めからハードに時間は流れていますが、この〈rakuenblog〉を始めたいちばん大きなきっかけは、37年間務め続けてきたわたしの最後の一年を「サクセス・フルエイジング」させたいという思いですよ。それができなかったら、不器用だったけど、わたしなりに誠実に取り組んできた、この37年間があまりに悔しいからですよ。あと1年、『いつも心に太陽を!』を決して忘れず、「わたし自身」を思いきり生きたいと思いますよ!

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